嘉例川駅全景
コース: ・ 丸尾温泉バス停14:27発→嘉例川14:56着=JR肥薩線嘉例川15:17発→隼人乗り換え鹿児島中央駅17:03着 |
霧島案内図 |
霧島から鹿児島市内への帰路、バスを途中下車し肥薩線嘉例川(かれいがわ)駅に向かった。
築100年を越える木造駅舎が有名な嘉例川駅。肥薩線は薩摩から肥後の国人吉、八代を結ぶ明治34年から42年にかけて鉄道幹線鹿児島本線として開通、鹿児島側は霧島山麓の山地を走り、人吉からは激流球磨川の流れに沿って美しい眺めが楽しめた。
勇壮に走るSLや観光列車いさぶろう・しんぺい号の人気で観光客が押し寄せた。しかし、2020年熊本大豪雨災害で球磨川沿いの鉄橋はことごとく流され線路も崩れ落ち、3年たってもまだ復旧の目途が立たないという。
SLや観光列車人気で嘉例川駅も脚光を浴びたのだが、吉松から人吉方面は不通区間となり運行本数が減りますます行きにくくなった。それでなくても山の中のがらんとした駅は今どうなっているだろうか?10年ぶりに立ち寄ってみる。
駅近くの屋根付き墓地 いつも生花が飾られている |
嘉例川駅前の町並み |
100年の重み |
築100年の木造駅舎は有形文化財となり、今も現役として大切に使われている。明治政府軍部が海岸から離れ攻撃の的となりにくい山間部に鉄道を走らすと決め、難工事の末開通した肥薩線。そして駅開業以来、明治、大正、昭和の終戦までこの駅は神代三山稜のひとつ高屋山稜参拝の最寄り駅として大層にぎわったときく。
登録有形文化財 | 駅舎の中 |
改札口も味がある | 懐かしのタブレット交換装置 |
歴代駅長 さんちゃんたち | 駅百年史 |
なぜ山の中を走ったのか |
1990年ナイスミディパスの舞台に登場 桃井かおりさん 竹下景子さん |
この駅から高屋山上稜へ参った |
神代三山稜は、日本神話に登場する日本創世の神々ニニギノミコト、ホオリデノミコト(山幸彦)、ウガヤフキアエズノミコトの陵墓で、鹿児島県内にある。明治以降天皇は現人神として神格化され、天皇家の始まりとされる神武天皇の曽祖父、祖父、父の3人の神々は、宮内庁が陵墓を指定し、以来人々の三山稜参拝は年中行事の一つだったと聞く。
列車が到着 | 1983年製造キハ47系 |
車両内は対面ボックス式 | 乗車証明書 |
有名な嘉例川の駅弁 (霧島観光協会データより) |
乗り換え駅隼人で50分待ち |
古びた駅舎は、そういった日本の近代史を眺めてきたのだろう。 駅舎の中に設けられた資料館で時を過ごしホームに立つと、ゆっくりと列車が入構。線路は草が生い茂り、手入れが間に合っていない。1983年製造キハ47系車両は錆が目立ち、都会を走る手入れの行き届いたキハ系とはえらい違いだった。乗り換え駅隼人で50分の待ち時間、下校時の高校生たちで満員の列車で鹿児島中央駅に戻った。
減便続く地方ローカル線 |