パワースポット巡礼クルーズ
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日程:
・2025.6.21(土)晴れ (その2) ikomochi、M
ところで 琵琶湖の成り立ちだが、学校の教科書では湖南の方に大きな湖があってそれが地殻変動で徐々に北へ移動し、今の琵琶湖の場所に落ち着いた みたいなことを習った記憶がある。
ところがオオヌマズさんの説明によれば、はるか太古の時代7千万~8千万年前、湖東平野から鈴鹿山脈あたりで大火山活動時代がありその活動でできたカルデラの痕跡が比良山地、田上山地、鈴鹿山脈だというのです。
びっくり!鹿児島の姶良カルデラや熊本阿蘇カルデラは世界一大きいと教えられてきたが、なんと琵琶湖もカルデラ??最新の地学の研究では、今日見て回った沖白石や多景島、沖島は火山の噴火による火砕流によってできた岩石の塊なんだそう。
近江平野にぽつぽつと散らばる小高い山もおなじ湖東流紋岩でできているという。三上山も太郎坊宮も岩や。鏡山も岩で磐座や石切り場跡が。田上山だって岩だらけ、、。と考えると、花崗岩の比良山地や鈴鹿などは外輪山?なんとも壮大なスケールです。
そして400万年前に伊賀市付近に浅い大山田湖ができその後鈴鹿山地が隆起したり断層活動の影響で形を変えながら移動し、40万年前には今の場所に定まってたそうだ。一般的には湖は土砂の堆積で埋まって消滅することが多いが、琵琶湖のように10万年以上の歴史を持つ湖は世界に約20しかないという貴重さ。へええ、、、琵琶湖って奥深いです。ちなみに平均深度41.2m、最大深度は103.58mという深さ。ふむふむ、琵琶湖って広いだけじゃないんや。京都市民に水道水を供給してくれるだけじゃないんや。
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前方に島影が | 接岸 パドルボートの一団楽しそう |
びわ湖ってすごいなあ と感心しながら、次なるパワースポットは、世に名高い霊験あらたかなる竹生島です。初上陸して地面を踏みます。急斜面の森へと続く急な階段を登っていくと、本堂の弁才天堂があった。ご本尊弁天さまは秘仏で、60年に1回の御開帳次回2037年(頑張ればまだ生きてられるかな?)。
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鬱蒼と森に囲まれた聖地 | 話に聞いてたけど、、、ずっと階段階段 |
ご本尊の代わりに、お堂の左右に弁天さまが座っておられる。芸能の神様なので手にはたくさんの宝物を持ち、頭には蛇の化身「宇賀神」がのっかっている。しかし、この狭く急な小島の上に、よくもこれだけの立派なお堂を建てたものだ。どれだけの労力と財力なんでしょうねえ という私に、オオヌマズさん曰く、「信仰の力は偉大です」。国宝唐門の観音堂では、太閤秀吉ゆかりの豊国廟唐門や舟廊下寄進に天下を取った家康と豊臣家との政治的駆け引きがあったそう。
京都から建物を解体して船で運んで再建するって、よほど竹生島のご利益が世間に知れ渡っていたことなのだろうが。。。竹生島から一直線に荒神山が見え、ここにもパワーライン。
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段差が登りやすく作られている | 宝厳寺本堂 弁財天堂 |
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立派なつくりです | 納額 東京下町の面々でしょうか |
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弁財天 | 弁財天 |
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三重塔(平成12年再建) | 帰りも階段 |
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観音堂 | 国宝唐門 |
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東山豊国廟から移築された唐門 |
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舟廊下 | 極彩色で飾られていたという神社建物 |
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観音堂全景 茅の輪潜りをした | 遠く荒神山 パワーライン |
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伊吹から霊仙山の山並み |
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船廊下を見上げる(重要文化財) |
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船着き場 | 船着き場から観音堂を見上げる |
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参加者を待つオオヌマズさん | 竹生島を離れる |
湖上の小島には次々に参拝客が船でやってくる。小さな桟橋なので、私たちが乗ってきた船は一旦湖上へと退避、1時間ほどして戻ってきて接岸、乗船した。島の周囲は琵琶湖でも深度が深く水の色が濃い。
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竹生島全景 |
遥か西にはマキノや今津の奥に連なる山々が見渡せる。葛籠尾崎を横目に船はさらなる奥へ向かう。かつて町内の子どもたちと自転車ビワイチしたとき、私たちは伴走車でこの葛籠尾崎の急坂を登り、下った集落菅浦の民宿に泊まった。のどかなところやったと思い出す。菅浦も湖上を船で行き来する村だったが、次のスポットの有漏(うろ)神社は山梨子集落からの道はなく、湖から舟でしか参拝できないという。
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葛籠尾崎を眺める | 海津マキノ方面を望む |
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近江今津 高島方面を望む |
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奥琵琶湖 月出、塩津、飯浦を望む |
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神社周辺、 奥に山梨子の集落を望む |
オオヌマズさんが陸地から有漏神社を訪ねて道を辿り、苦労してたどり着いたその探検記https://omi-rekishi.jugem.jp/?eid=474がまた面白い。okaokaクラブに通じるシンパシーを感じて、オオヌマズファンになりました。急斜面の入り組んだ尾根の裾の湖岸にぽつんぽつんと見える集落を眺めると、人々の生活は舟での行き来が一番速くて便利だったろうと改めて思う。
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有漏神社を眺める | 船でしか行けない神社 |
船長さんがゆっくりゆっくりと船を進め、ぴたりと赤い鳥居の前に停泊。湖上から参拝します。お社は鳥居の奥へと続くらしいけれど姿は見えない。深い森の尾根から急傾斜で水辺まで鬱蒼とした緑に囲まれ、水面との境界には白い砂浜が細く伸びる。舟人がひたすらに湖上の安全を祈る。静寂に包まれた神の世界でしょうか。
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船長さんが神社の前にピタリ 参拝しました |
奥深く分け入った琵琶湖からまた広がる湖面に出て、一路南を目指す。湖東の木之本、長浜と湖西の今津、坂本などとの水運が栄え、その利益で潤ったのは比叡山延暦寺だったときけばなるほどなあ とうなづける。
比叡山開祖の最澄はしたたかな知恵者だったのだなと思う。名だたる仏教者はもとより比叡山で修業を積み学問や文化を学び世に出た人は多く、比叡山が与えた影響は計り知れない。琵琶湖恐るべし、比叡山侮るなかれ、と改めて知った次第です。
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奥琵琶湖の山並みを一望 | 長浜木之本方面を望む |
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サインしてもらった! | 遠く鈴鹿の山並み |
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比良連山を望む |
近江八幡の長命寺山が見えてくると、沖島水道に船は進む。比叡山の修行僧が棹の先から湖に飛び込む「伊崎寺の棹飛び」の湖に突き出た白い棒を眺め、沖島の厳島神社を参拝し、穏やかな佇まいの沖島集落を眺める。小島ながら家が建て込んでいて、住みやすい良い場所なのだろうと思う。
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沖島水道へ 対岸は長命寺山 | 伊崎寺の棹飛びの棹を眺める |
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沖島に接近 | 鮎網船(今年は不漁) |
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沖島 厳島神社 | 沖島 厳島神社参拝 |
以前長命寺から沖島に渡りたいと渡し舟の時間を調べたがバスとの接続も悪く不便だった。ところが最近では、近江八幡から直通バスが船着き場まで幾本もあり、船便と連絡もとてもよくなっている。日帰りで気楽に渡れるので、いつかは行ってみたいものだ。
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沖島港の集落 |
白髭神社のパワーライン、沖津島神社、奥島神社を目で探しながら、いつの日かの楽しみをメモる。沖島水道を抜けて、琵琶湖大橋を潜る。湖東の山々がずらりと並ぶ。
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近江八幡方面 | デッキから楽しむ人 |
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沖島を離れ |
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安土城金の天守閣の威光はいかに |
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南湖に戻ってきた |
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バス釣り船がたくさん |
滋賀県教育委員会勤務ののち、安土城考古博物館副館長を務めたオオヌマズさんの安土城紹介炸裂で、繖山から安土山、その上に建っていた安土城の50mに及ぶ金の天守閣の姿はいかように人々の目に映ったか。想像するだに心躍る。天守閣復元案を聞くたびにそんなことしてもなあ。。とソッポ向いていたが、実現したら結構すごいことになるかもなんて、湖の上から眺めた。そういえば、天守閣建造の小説に映画もありました。
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一路浜大津へ | 5時に帰着 |
朝10時出航して5時に帰港。湖上で見かけた滋賀県学習船うみのこはすでに桟橋に係留してあった。滋賀県の小学生5年生は必ず1泊2日の船上泊してのびわ湖学習をするのだそうで、そこで食べるうみのこカレーは思い出の味。
うみのこと聞くと、目を輝かせる滋賀県人の大人は多い。いいなあと、20代の青年に尋ねたら、「うーんと。長浜に寄っていろいろ体験して。。。」ともごもご教えてくれたっけ。京都市の三重県のみさきの家は廃止になっちゃったし。。
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うみのこも帰港していた |
そんなこんなで、琵琶湖って広いだけじゃなく交通と商業と文化と権力争いの交流地点の役割と、生き物を支える豊かな水と自然は偉大な力を秘めている場所なんだなあ と改めて知った巡礼クルーズでした。京都の御所が見える範囲しかほんまの京都じゃおへん なんていう京都人はちいせえなあ。。。と、Mとすっかり琵琶湖の魅力にはまった一日でした。
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