小てつのよも山話(NO.1)
立山、十人遭難話


2008年6月22日 (日)   雨        小てつ







 仕事もひと段落し、少し早いが、昼にしようと小屋に戻る。濡れた衣服を着替え、
ひと息つく。小父さんは、

「なあに、一本くらい飲んでも、昼からまたひと仕事すれば、抜けてしまうわ。」

と、プシュ。

 芦生の話から、アルプスへ、山の話が続く中、ふと話題が「剣」になった。そういえば、
知り合いのメンバーの方が、この時期に「剣」に行かれ、そうとは知らず、アイゼンだけ
の装備で、ピッケルを山小屋で借りてまで、単独登頂したと、紀行の、内容を紹介すると、
小父さんは、一言。

「それは、無謀や。」

 いつになく、怒ったような様子。私は、そんな小父さんの表情を見たことがなく、一瞬、
ゾクッとした。
 ひと呼吸おいて 、

「もう何年も、なるんやけどな。」

十月の体育の日が、火曜日で、月曜日を休めば3日休みがとれるというので、それなら、
一緒に連れてって、という友人と二人で、「北アルプス」へとなった。

 列車、バスと乗り継いで、朝一番のバスで室堂へ、朝8時、腹ごしらえのうどんを食べ
ていると、何やら横から「京都弁」が聞こえてきた。つい声をかける小父さん、

「あんたら京都からか?」

「そうです。」

「どちらへ?」

「立山へ。」

見れば、当時、上等の一流外国製登山用品と、真新しい装束で身をかためた男女十人グル
ープだった。
リーダー格が、

「立山には、もう何度も登っている。」

と言う。

「まあ、お互い、気をつけて。」
と言ったものの、

(いけすかん奴らや。)

と感じた小父さんであった。

 腹も出来たし、いざ出発。と、十月というのに吹雪いてきた。あたりは見る間に真っ白

に・・・。

「映画であったやろ、ホワイトアウトっちゅうやつや。右、左どころか、上下すら、おか
しいなってきよる。」

「こら、剣御前小屋は無理や。蔵の助小屋にしよ。立山に変更して、早いけど、昼から
宴会や。」

と、昼前に、蔵の助小屋に逃げ込む二人。
宴会をしていると、三時すぎに若者が二人、小屋に来て、

「何か、あたたかいものを・・・。」

と、聞けば、これから、まだ御前小屋まで行くという、

「もう今日は、やめとき。」

と言うと

「いえいえ、私達より年配の方が、少し後方で御前小屋を目指して歩いてはります。若い
我々が行かんで、どうします。」
というのである。

「おいおい、もう三時すぎやで、連中まだそんなへん歩いとるんかいな。御前小屋、夜中
になるで。」

といえど、どうすることもできず、その夜は休むこととなる。


 翌朝は、うって変わっての上天気、三、四十センチは積もっているが、かえって石を踏
まずとも良い道となり、歩き易そうだ。
 と、小屋に連絡が入る。御前小屋に着くべし十人が、まだ着かず、どこかでビバーグし
ているというのである。

「昨日の連中か?」


 行き先を、立山に変更していた小父さん、途中におったらと、小屋の佐伯氏より無線機
を預かる。尾根に出て、南北に分かれた小父さんと佐伯氏。
 と、分かれて五分とたたないのに、連絡がある。

「おったおった。」

 と、佐伯氏。

「そうか、おったか。」

 と小父さん。

「それがな、全員死んどる。」

 蔵之助小屋手前五百メートルの、尾根付近だったそうな。

 後で、助かった二人から、詳細が分かる。十人のパーテイーは、京都、○○のグループ
で、うち三人が吹雪の中で、体調を崩した。そこで、元気だった二人のものが、御前小屋
に助けを求めに行ったが、到着できず、途中の「別山」のケルンに身を寄せて風を避けビ
バーグしていたところを、御来光見物の登山客に発見され、救助されたのだった。また、
残った八人の者は、何故かビバーグを、尾根でしていたと、いうのである。
 なぜ、蔵の助小屋に救助を求めなかった。なぜ、室道に戻ろうと思わなかった。尾根を
はずしてビバーグしなかった。
 助かる道は、いろいろあった。遭難した理由は、いろいろあった。しかし、結果はひと
つであり、皆の胸に無念が残り、傷も残る。


 小父さんと御同輩の、よくガイドも引き受ける方は、対面の登山者に先の様子を聞かれ
るという。隅々まで知りぬいた山でも、だそうだ。

「今、歩いてきた奴の情報が、一番正確なんや。」

 と言うのが、持論だそうで、小父さんも納得し、自分もそのようにしているそうな。

「知らんひとは、「大丈夫かいな、このガイドは、道聞いて?」と、思っとるやろな。」

 と笑う、小父さん。

 小父さんは、言わなかったが、私には、

 「生き残るために、技をみがいて、知恵をしぼっとるんや。」

 と言っているように聞こえた。



                        【 記: 小てつ 】

剣岳