親父の山歩き報告 (NO.26)
初心者オヤジ一足お先に北アルプスのお臍、雲ノ平から裏銀座、
またしても試練が初心者オヤジに


水晶岳への稜線です



2008年 7月16〜20日  洛西伊達オヤジ






▼ 今日は洛西伊達オヤジです。ワンサカ皆さんが押し寄せる三連休をチョットだけ外して、憬れていた雲ノ平に(まだまだ憬れている所はあるのですが)行って来ました。今回初めて自家用車ではなく、バス電車タクシーなどをつかっての山行きとなりました。 

(行程の内容です)

・7月16日、名神大山崎バス停より夜行バスで富山へ

・7月17日天気晴れ、朝5時過ぎにバスは到着、電車で有峰口へ−タクシーで折立まで(バスは18日から運行、残念)−太郎平小屋 *一日目泊まり

・7月18日雨、薬師沢小屋に向かう−急坂登り返しで−アラスカ庭園−奥日本庭園−雲ノ平山荘 *二日目泊まり

・7月19日晴れ、祖父岳に向かう−山頂からワリモ分岐−水晶小屋−水晶岳山頂−水晶小屋−東沢乗越−野口五郎小屋 *三日目泊まり

・7月20日霧雨後曇、裏銀座縦走−烏帽子小屋−ブナ立尾根−高瀬ダム
 タクシーで信濃大町まで後は松本、名古屋、と乗り継いで新幹線で帰ってきました。



 ガソリンも上がった事だし、公共の交通機関を使っていく事に、それとコースの取り方に幅が出るので今回初めて挑戦しました。ただオヤジは時刻表とやらを調べたりが苦手で、とりあえず夜行高速バスで富山まで行けばなんとかなるやろと、カーチャンに大山崎の高速バス停に送ってもらいました。もちろん高速バスだけは何とか予約を入れて、後はいつものいきあたりばったりです。

 実はオヤジは夜行バスなるものは初めてで、やはり余り寝られなかったです。バスはほぼ満員、朝富山に着いて気がついたのですが、登山の人が5〜6人、やはり結構皆さん登山に利用したはるのや。着いた所の向かい側ぐらいに24時間の吉野家看板。先ずは腹ごしらえと朝定食を頂きまして、眠たそうな兄ちゃんに「すみません、電車の駅は何処でしょうか」と聞きますと、もうそこ、目の前です。よしよし、なかなかええ調子や、途中コンビニで今日のオニギリやら飲み物買い込んで、電車の駅に向かいます。駅には登山の人が結構待っています。

有峰口の駅舎です 有峰口の駅雰囲気があります

 富山地方鉄道、立山行きとゆうやつで、オヤジは有峰口まで行きます、朝早いので空いています。なかなかいい雰囲気のローカル線に揺られて、有峰口に下りたのはオヤジだけです。後は皆さん、立山まで行かれるみたいです。前回、車で行った立山の駅が目に浮かびます。さて、一人降りたオヤジ誰もいない駅でどうしたものやら、見るとマイクロバスが駅の前に停まっています。折立行きと成っています。

 よしよし、発車時間はと時間表を探していると、ムギ藁帽を被ったオッチャンが通りかかりましたので「すみません、このバスは何時に出るのでしょう、時間表がなくて、」「ああ、バスか、もう走るんかいなあー」と言いながら、バスの停めてある前の家の戸を開けて「バスのお客さんが、何時に出るか聞いとるんで」とその家の人に聞いてくれました。「ああバスは明日から、今日はまだ動きよらん」とえーそんな、どないしょう。中からオバチャンが出てきてくれ、「山登りけ、折立までは今日はタクシーを呼ぶなあ、その先に番号書いた看板あるけん」とかなんとか、言葉の感じはちょっと違うかもしれませんが、教えてくれました。

 結局一日違いで有峰口から折立のバスの運行は7月18日からで、仕方が無いのでタクシーを呼ぶ破目に。待つこと15分ほどで、一人なので小型を頼んでいたのですが、来たのは中型。「お客さん小型が出払っているので、すみません料金は小型でいいですから」「ええそらおおきに、すんまへんなあー」「お客さん関西ですか」と関西弁丸出しのオヤジに、運転手のオッチャンは親切に途中の案内を丁寧にしてくれます。有峰ダムの所では停まって写真まで撮ってくれます。なんか登山ではなく観光に来たみたいで調子狂いますが、なんとか折立の登山口に着きました。

折立の登山口前方の大きな木の下を
通ってスタートです
コース中ほどから、こんなに整備された道です

 支度をととのえ、やっとエッチラはじめます、時間は9時前です。天気はグーです、ただ慣れない夜行バスですぐにバテバテです。いや夜行バスの所為にしてますが、いつも最近はすぐにバテます。大体折立からは薬師岳の案内が多いです、前回薬師岳は次にいったるぞーと思っていたのですが雲ノ平になり、奥の方のコースに気持ちが、雲ノ平は周囲を百名山が取り囲むようにあるわけで迷います。

 ともかく今日は薬師岳との分岐にある太郎平小屋までエッチラです。有名コースなんでしょうか、半分ぐらいの所からは綺麗に整備されたコースでベンチも所々設置してあり、初心者オヤジにはありがたいです。ベンチに座ってオニギリタイム、目の前に薬師岳が、しかしまだ誰にも逢いません。オヤジ一人、ウグイスだけがホーホケキョ、ゆっくり食べてボチボチエッチラ、太郎平小屋には14時前に何とか到着、結構先客がといっても13人ほど、けれども明日からは大混雑するとの小屋の人の話です。

今日の宿泊小屋
太郎平小屋が見えてきました
太郎平小屋の前に聳える薬師岳

 オヤジは6人の区切りの部屋で男性の二人組みと、ゆったりした感じでラッキーです。二人組みは東京からで一人はベテラン、相方は山は初めてで温泉巡りが趣味とのこと日本全国、海外までも、最近は秘湯と呼ばれる所に気持ちが向いて今回高天ヶ原の露天に挑戦してきたそうで、最初ヘリコプターをチャアターして計画したそうで、それは余りに高くつくので諦め、一大決心をして山に詳しい同僚に頼み今回挑戦してきたそうです。最初えらいホラふいとるのとちゃうかいなあーと思っていたのですが、どうもまんざらホラとちがうなあーと思われます。

 明日折立に下りて富山の空港から飛行機で東京に帰るとのこと。なんで飛行機なんや、とオヤジが聞いたところ二人はパイロットとのことで、なるほどそれでヘリコプターの発想といい、富山から飛行機での帰りの発想といい納得、それにしてもパイロット(海外便とのこと)ゆうのはえらい収入があるのやなー、オヤジもなりたかったなー(成れるか!)とにかく初日の山小屋はユックリ眠れました。

 明くる朝「おはようございます、本日は生憎の雨ですが、朝食の準備が出来ました」との声で起きました。早立ちの人もいたと思うのですが、気がつかずに寝ていました、横の二人も起きだしたようです、なるほど雨が結構強く降っています。朝食を済ますと全員合羽姿で出発していきます、オヤジも今回初めて着込む合羽でエッチラヨタヨタ、出発です。

 小屋を出発して、すぐに薬師沢に下りる急坂です、途中から所々木道が出てきます。雨に濡れた木道、これが試練の発端でいややなあ、ヤバイなあーと思うのもつかのま、滑ってしまい右のひざをいやとゆうほどぶつけました。しばらく痛さで動けないほど、一瞬ひざの皿が割れたんちゃうか、と思いましたが何とか歩けるようになりボチボチ、恐る恐る下ります。

 何とか薬師沢小屋にたどり着き、屋根の下でズボンを下ろして打ったところを見ます。赤くなってカッパが少し破けて、ズボンの下に履いていたトレッキングタイツも穴が空いています。面白いことに真ん中のズボンはなんとも無いのは不思議でしたが、とりあえず救急袋からバンテリンをと探したのですが、こんな時に限ってないのです。そうか、先日カーチャンがヒザ痛いとゆうので渡したままです。仕方が無いので、筋肉痛用の塗り薬を塗って出発です。

薬師沢小屋、この吊橋を渡って登り返しです
もうこの時点では転んでヒザを痛めています
次の雲の平の写真までの間が、エライ事に
なっていたのですが、写真は撮る余裕が
無かったです
雲ノ平ですがやっと雨が小降りに

 雨はまだ降り続いています、これからが有名な雲ノ平への登り返しです。痛む足を気にしながら、つり橋を渡り急坂に挑みます、試練です。男性が二人続いてきました、岩がごろごろしたコースで、普通でも足には堪えそうなのに、雨が岩の間を渓流のようになって流れてきます。どうゆう訳か男性二人はオヤジを抜こうとしません。そのうち上の方から下りてきた青年が「大変な事に上はなっています、川状態です、気をつけていってください」と告げて下りていきました。

 もう足が痛いのどうのとは言ってられない状態、靴の中はビショビショで、又もう一人男性が下りてきて、先ほどの青年と同じ状態を教えてくれました。しかし腹くくっていかなしょうがない、後で思うにこの時がその日の内で、一番雨の強かった時間帯だと思われます。約2時間と少し経ったところでやっと木道が現れました、登りも終わりのようです。面白いもので又ヒザが痛み出しました、とゆうより緊張で気がつかなかったのでしょうか、後の二人に先に行ってもらい足をかばいながらユックリ進みます。

 この木道で又滑ったら目もあてられません。やがて周りの雰囲気も変わってきましたが、雨なので写真で見るような周りの山々が見えません、残念ですが仕方がありません。でも所々、何々庭園となずけられた所が、小雨に成ってきたコースのあちこちに見受けられるようになります。ベンチも所々にあり、ほぼ雨が止んだところで非常食を摂ります。ボンヤリと雲ノ平の雰囲気が見え出します。足をかばいながら歩き出すオヤジの前方に、雲ノ平小屋が見えてきました。やれやれです、雨はまだ小雨ながら降ったり止んだりです。

このようになになに庭園とゆう案内が
あるのですが全体はみ透せません
このような木道が続きます

 やっと辿り着いた雲ノ平山荘、とりあえず濡れたものを脱いで「すみません、バンテリン置いてないでしょうか」と小屋の人に聞くと、「どうされました、」「はい木道で滑ってヒザを痛めたので、もしあれば有り難いのですが」「あると思います、」と親切に探してもってきて「常備薬なのでお譲りは出来ませんが、使ってください」と渡してもらいました。若い男性でしたが、後でその人が責任者の人だと判りました、感謝、感謝、です。その日の客も少なくこの天候と、やはり此処まで入るのは時間が掛かるので、今夜もユックリできそうです。

 ただその日の夕食が済んだ5時半ごろ、年配の男性とチョット若い中年男性の二人連れが「ああマイッタ、疲れた」と言いながら到着、土間の上がり口でへたり込んで、しばらく受付も出来ない状態で先客の人が集まってきて「何処から来られたんです」「折立、折立8時、いやマイッタ、あの薬師沢小屋からの登りが川になっていて、もうアカン引返そうと思ったけんど」と本当は青森の人なのでズウズウ弁で、みんな「えー折立から一日で此処まで、この雨の中を」オヤジのいやオヤジだけではなく、大概の人が二日掛かりのコースを9時間半で、しかも年を摂ったほうの男性は65歳とのこと、いやいや脱帽です。

 小屋の乾燥室は満タンで、面白いのは床に靴が相当入っているのが、今日のみんなの苦闘を物語っています。オヤジはバンテリンを塗って右足を伸ばしてひたすら治れよと祈ります。明日は今回の山行きの歩きで、一番長い9時間〜10時間歩きが見込まれるコースです、何とか歩けますように。

 夜中にやはりヒザが痛み時々目が覚めます。バンテリンを塗って、えらい明るいのに気がつき窓を見ると、お月さん綺麗に浮かんでいます。明日はなんとか晴れてくれよ、と祈る気持ちですと思っていると、もう早立ちの人が起きてパッキングを始めました。此処は全員が二階の大きい一部屋で、気配がすぐにわかります。10人くらいの宿泊で、そのうち男性1人、女性4人の広島のグループが、昨夜から今日の早立ちを言っていましたが、4時前です。5時朝食なので、オヤジも朝食を食べてすぐに出発したいので、ボチボチと支度をすることに、やがて明かりがついて、早速乾燥室の衣類を取り込みます。

 さすがに靴はまだ半乾きの状態です。もたもたしていると「食事が出来ました」の掛け声が。食事を終えて出発ですが、今日の飲料を買おうとしましたが、出来るだけキャンプ地の水を使ってください、そのほうがおいしいですし、助かりますとの張り紙が。相対に今回のコースはどの小屋も水は厳しく、洗面の水も無い状態です。オヤジはどうせ、歩く途中のことだしと水の補給はせずにお茶だけ買って(1L500円)出発です。

 バンテリンのお礼を言ってリユックを担いでいると、「足のほうはどうですか」と声をかけてくれたのは、前日の責任者の青年でした。「この先どの小屋でも、何らかの薬はあるはずです、余り痛いようでしたら相談して、処置をしながら行ってください」とアドバイスをもらい、「ありがとうございます、なんとかボチボチ、歩いていきます」と早立ちのグループに遅れる事30分、5時30分頃に出発です。

西の空の明月です、今日はよいお天気だアー 笠岳だと思うのですが

 綺麗な明月が西の空に浮かんでいます、今日は昨日とはうって変わって晴天です。先ず祖父岳に向かいます(ジー岳)と呼ぶそうです。昨日は雨で見られなかった北アルプスの峰が回りを囲んで、さすがお臍のいわれが判ります。道は木道が続きます、濡れて滑りやすくなっているので、慎重に足を運びます。右足は、やはり痛みが有り早くは歩けません、特に下りが辛い状態です。すぐに昨日の青森の二人が追いついてきました、さすが早いです。今日は予定を変更して水晶、鷲羽、で戻って来るそうです。

祖父岳です、あそこに向かって歩きます 木道は濡れていて恐いです(木道恐怖症です)

 そのうち右下の方にテン場が見えてきました。思いのほかコースから外れています、オヤジはもうええかーと水の補給をせずに先に進みます。これが後でえらいひびく事になるのですが、その時は足の痛みが200〜300Mの寄り道を躊躇わせたわけです。慎重に進む木道の遙か先の方に、青森の二人が広島のグループに追いついたのが見えます、全員祖父岳をめざしています。

 広島のグループも水晶、鷲羽、黒部五郎、のはずです、祖父岳を通過するはずです。木道を進んで行くと雪渓に隠れるように祖父岳の案内が、しかしロープが張られています。木道はしっかり続きます、オヤジはいやな予感がしたのですが、先のグループが雪渓を登った様子がないので、そのまま木道を進みますが、どうも真上に見えている祖父岳の山頂から外れていくようで、案内の所まで引き返しました。分岐の案内板をもう一度確認、実は雪渓の下に道が隠れている状態で、ロープは隠れた登山道と入ってはいけない斜面との区分みたいで、やはり雪渓を登るのが正解みたいです。

 先のグループ及び青森の二人が見えないので、半身半疑で進みましたが、雪渓が終わり、ごろごろした溶岩地帯を乗り越し山頂に出ました。どうも雪渓に隠れて通常のルートではないみたいですが、山頂には間違いありません。ただオヤジ一人で、みとうしのよい先のコース上に先行者の姿は見えません。あのまま、まっすぐ間違えて進んだのかなあー、と思いつつ先に進みます。足は歩き始めた時よりは痛みはマシですが、やはり下りは辛い状態です。ダブルのストックで支えもって、ギクシャク歩きです。

祖父岳ですバックに槍ヶ岳が ワリモの分岐です
鷲羽は諦めて左水晶小屋に向かいます

 なんとか、ワリモの分岐まで来ました。右鷲羽岳左水晶小屋から水晶岳、どちらも100名山です。別に100名山を目指しているわけではないのですが、ピークは出来るだけ目指したいオヤジ。今回も本来は鷲羽に行き戻ってきて水晶に行く予定でしたが、足の具合と時間を考え、鷲羽は諦め左水晶小屋に向かいます。天気はピーカンで温度が上昇、展望は最高、高山の花も最高でもオヤジは余裕がなくなってきて、へたくそ写真も撮らずにギクシャク水晶小屋に向かいます。

 何とか昨年建ったばかりの水晶小屋に到着、しかし此処にも先行のグループは着ていないみたいです。オヤジは山頂には行かずに、今日泊まる予定の野口五郎小屋に向かうか、往復1時間強の山頂に挑戦するか迷ったのですが、小屋の若いご夫婦に(だと思うのですが)「今日の展望は最高ですよ」と励まされて、挑戦する事に。リュックを預けてギクシャク登りです、でもやはりリュックが無いのは楽です。

水晶岳山頂 360度の展望立山方面

 今回のコースの最高峰水晶岳に到着、やれやれ、なんとか気が済みました、360度の展望もっとユックリ楽しみたかったのですが、先を考え10分ぐらいで下りに掛かります。丁度小屋との中間ぐらいの所で、下からなんと青森の二人組みが登って来ました。「あれー 何処にいってたのですか、心配しましたよ、祖父岳には行かなかったのですか!」「いや、いかないいかない、間違って祖父岳の回りを回って、こちらにきたんです」とズウズウ弁でやはり、木道をまっすぐ進んだみたいで、途中でおかしいと気がつき左に回りこんできたそうで、広島のグループははぐれてしまい、そのまま木道を先に進んだみたいです。しかしこれって天候がもっと厳しい状況の時ならば、大変な事になっているのでは、おそらく広島のグループは予定の行程は行けなかったのではと思います。オヤジは小屋に戻り、厳しい稜線を野口五郎小屋に向かいます。

水晶小屋から野口五郎に向かう稜線 こんな岩場が多く
オヤジのヒザをいじめてくれます

 温度はドンドン上がり、水筒のお茶が残り少なく、行動食を食べながら歩くと益々喉が渇きます、雲ノ平の水場が思出されます。水分補給が足らないとバテるのを身を持って感じています。真砂岳は巻いて進み、最後の野口五郎岳は後150Mぐらいで山頂何ですが、それも通過、とりあえず野口五郎の小屋に着くのが先決の状態。ギクシャク歩きの先に、やっと小屋が見えてきました。水晶小屋から3時間あれば充分と聞いていたのですが、なんと4時間近く掛かりました。小屋は今までの小屋とは違い表に人が溢れています。やはり3連休の初日、又下から一日で来られる小屋とゆうこともあり大変な混雑です。

真砂岳から野口五郎岳への巻き道 野口五郎岳山頂、あと150Mぐらいですが
喉の渇きでバテ、ヒザの痛みで諦めました

 受付を済ましたオヤジは、とりあえずポカリを買って一気飲み、うまかったあー500円値打ちありました。バンテリンお願いしたのですが、探してみますとゆうことで結局届きませんでした。小屋の人も大混乱でバンテリンどころでは無かったのでしょう。何とか布団一枚に一人寝られる状態でまだよかったですが、もちろん熟睡できるはずもなく長い夜を布団に入って過ごしました。

 次の朝とゆうより夜中3時過ぎから出る人がいて、ただ人数が多いと中には夜中に熊脅しの鈴を鳴らして歩く バカ(失礼)がいて、なに考えとるのやアーとゆう感じです。この小屋も5時からの朝食で、オヤジは又も準備を早めに済まし朝食を終えるとすぐに出発です。ただ今日はガスがひどく雨具を着込んで出発です、途中から小雨や雹が振り出し、雷が下で聞こえ下に見える雲が光って見えています。足は昨日よりはマシな感じですが、ダブルストック頼みの歩きには変わりありません。

今回唯一の花の写真、コマクサ ガスッテやがて雷が下のほうで
下で稲光とゆうのも初めて見ました

 最終日の今日は高瀬ダムに下りるつもりなんですが、烏帽子の小屋からダムまでが、北アルプス三大急坂と地図に書いてあるのが気になっています。下りが、やはりまだ充分踏み込めない状態です。裏銀座と呼ばれる稜線、ヨタヨタ歩くオヤジの目に、コマクサの可憐な姿が目に付くようになり、何とか励まされ(そらうそや、そんな甘いかい)烏帽子小屋に到着。烏帽子岳山頂まで往復1時間ぐらいらしいのですが、今回はすぐにダムに向かって下りていきます。

烏帽子小屋、此処からダムに下ります 長い下りの後にやっと見えてきたダム

 だんだんと下からの人とすれ違います。下は雨は降っていないそうで、オヤジも雨具を脱いで慎重に下りてゆきます。確かに急坂ですが道は整備されており、これなら何とか下りられそうです。それにヒザの痛さが薄らいできたような気がします。やがて樹間に真っ青なダムが見えてきました。しかしまだまだ時間がかかるはずです。足は何とかもってくれています。丁度地図の予定時間どうり、烏帽子小屋から3時間半で高瀬ダムの広い河原に出ました。

広い河原です いつ流されるか判らない吊橋です

 長いトンネルを出ると向こうの方から女性のタクシーのドライバーらしき人が手を振って近ずいてきます。このダムまでの道は中部電力の道で一般の車は入れません、タクシーが唯一のアクセス手段です。10円しか使えない公衆電話がありますから、それで連絡してくださいと小屋の人に教えてもらっていたのですが、丁度折り返しの空いた車があり、愛想よく手を振ってくれた女性のタクシーに乗りやれやれです。信濃大町の駅までタクシーに揺られながら今回の山行きを振り返ると、自分の不注意から厳しい試練の歩きとなり、よく言われる自分で登った山は自分で下りるしかないとの俗言を身にしみて体験して来ました。

 予定のピークにいけなかった山々に悔しい思いは残りますが、オヤジには今回の歩きが精一杯でした。へたくそ写真の数も少なく(編集していただく道子師匠はよかった、と思っておられるでしょうが)又の挑戦を胸に秘めて信濃大町の駅で立ち食い蕎麦を食べて(関係ないやろ、胸に秘めるのと蕎麦とは)帰って来ました。


               【 記: 洛西伊達オヤジ 】

追伸)
おかげ様でヒザは回復して、大事には至らなかったようです。
次に備えて又訓練歩きにいこうかなーと考えている昨日今日です。





高瀬ダムです