親父の山歩き報告 (NO.34)
初心者オヤジ初めての南アルプス(白峰三山) |
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間の岳山頂、此処だけシャッター頼めました |
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2009年 7月16日(木)〜19日(日) 洛西オヤジ
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◆ 初心者オヤジ初めての南アルプス(白峰三山)7月16日〜19日、山は又してもオヤジに試練を与えました、強風雷雨の尾根縦走
関東甲信越梅雨明け発表、よしよし、一週間前から気になる天気予報も何とか降水確率も下がり「カーチャンいくわ、大丈夫みたいや」と15日の夜名神大山崎のバス停にカーチャンに送ってもらう。この時点で幸か不幸か北海道の遭難騒ぎは二人とも知りませんでした。知っていたら果たしてカーチャンがスンナリ行かしてくれたか、とにもかくにも、深夜のバスはチンタラチンタラ甲府に向かいます。二度目ですが熟睡とはいきません、うつら、うつら、ウトウト。
▼一日目
後で聞くと1万2千円から1万5千円だそうです。そのうち山行きの恰好をした人がボチボチ集まってきます。オヤジは涼しい陰のベンチで座っていたら、女の人が「広河原に、行かれるのですか」オヤジ「はい、9時30分のバスに乗るつもりです」「だったらリュックをおいて、順番を取っておかないと、駅の方まで並びますよ」と教えてくれました。オヤジ「平日でもそんなに」「この時期はそうですねー」なるほど、やがて来たバスは丁度満席の状態で出発しました。最近珍しい車掌さんが乗っています。昔のお嬢さんで時々ガイドをしてくれるのです。 でもこのガイドさん、林道に入ってその本来の任務で忙しくなります、離合できないのです。運転手以上に先の方から来る車を注視、又時にはバックの誘導とその間にガイドもしてくれて、なかなか最近では珍しいバスツアー体験でした。約2時間、バスは何とか広河原に到着、若い運転手に一言、シフトダウンするのに、あれだけガリガリ、ガー、と音さすなよ、プロやろ、ダブルクラッチぐらい使わんかい、などとブウたれるオヤジです。
それはともかく、テントが張られ受け入れ態勢充分の登山口、みんな食事を始めます。オヤジもコンビニで買ったおにぎりをパクパク、なんか歩く前から食べてばかりいるなー、さてボチボチと行きますか。吊橋を渡って広河原山荘に向かいます。その横に登山口があります。天気はグー ただ橋の所に立て看板が、(大樺沢から二俣コースは、例年に無く残雪が多く危険です。尾根コースから、草スベリコースの使用をお願いします。)との案内が。オヤジは大樺沢コースの方が、見晴らしが良いと聞いていたので行くつもりでしたが、アイゼンを持っていないので、警告に従い尾根コースに向かいます。出鼻をくじかれた感じですが仕方がありません。
ヨタヨタと登ります、途中降りてくる何組かのグループに出会いました。「こんにちは、上はどうでした富士山見えましたか」「はい最高ーでしたよ」との返事。よしよしとこのまま好天が続くと思い込むオヤジ、何とか3時間ほど掛かって白根御池小屋に到着。初日の足慣らしにはちょうどいいところでしょうか。
小屋は思いのほか綺麗でした。4年前の建て替えとのこと、南アルプス市営と書いてあります。後で聞いたところに拠ると市から委託されて、民間の方が営業しているとのことです。次の日の宿泊北岳山荘は完全に市の経営とか、なんやようわからんのですが、とにかく山小屋の時間が過ぎてゆきます。 5時夕食長〜い時間がそんな時、そうそう、カーチャンに電話せんとあかんな〜、山小屋おなじみ衛星電話5秒10円、「かーちゃん、無事ついたで」と言うか言わないうちに「大丈夫か北海道で、エライことになってるでー」「なんのこっちゃ、どないしたんや」「10人ほど遭難してなくなってる、ツアーや、そっち雨大丈夫か」「ええ天気やけど、北海道の何処や」ガチャ、切れた、100円の早い事。 そのうちにテレビでニュースが、ホンマやえらいこっちゃ。それよりビックリしたのは、その場にいた4〜5人全員が北海道のトムラウシ山に登っているとのこと、それもすごいな〜と感心するオヤジ。そのあと天気予報が、「アレーえらい天気が崩れるで、雨になるのと違うか」みんなの関心は明日の天気の方に。小屋の人が「そうなんです、前線が通過、その後又低気圧が来るみたいです」とのこと。あかんがなー 明日北岳で富士山見るのやー 降らんといて、祈る思いで布団に入ります。まだ混んでいなくてオヤジの部屋は3人ユックリ寝られましたが、やはり12時前から雨の音が、やんでくれよー。
▼二日目
写真撮ってもらい、いざ出発、草スベリコースです。雨は益々強くなります、と同時に雷がなりだし最悪です。丁度草スベリの斜面に掛かる所に、佇む人影京都の二人です。オヤジ「雷ですねー」二人「ヤバイねー、どうしょう」「しかし、まだ遠いね」「時間が無い、いくかー」と猛然と歩き出す二人。オヤジも後に続きますがすぐに離され、付いていけません、気合が違います。
草スベリはお天気ならさぞ、綺麗なお花畑やろな〜と思わせる雰囲気、ガスっている斜面に所々見える花々、又足元にも見られる高山の花、しかしユックリ見て、写真を撮っている余裕はオヤジにありません。急坂を登りきった所で小太郎尾根との出合いです、雷は以前なっています。近い感じはしませんが、恐怖感はあります。休む場所も無く、展望も無く、ひたすら尾根を進みます。やがて肩の小屋の屋根が見えやれやれ、とにかく休めます。狭い小屋の中、何人かの登山者が休んでいます。
その中に京都の二人もいます、すでに出発の体制です、オヤジ「早いですねー、やはり北岳に行かれますか」「ええ、雷もどうやら収まりそうなんで、リュックをこの小屋に預けて行ってきます」との事、「気をつけて、後を追いかけます」オヤジはリュックを下ろしたものの、水分補給をしてすぐに追いかけますが、もちろん二人の姿は見えません、と結うより、10m先がガスって見えない状況、ただし踏み込まれた登山道は鮮明で迷う事はなさそうです。
雨は止む気配はなく風も強くなって来ました。でも風雨に打たれて咲く花々が多くなってきます。すごいなあー、がんばってるなあ〜展望が全く利かない歩き、足元の小さな花だけが励みです。北岳山頂への急坂、雨が痛いほど頬にあたります。そんな時、上からダッダッと京都の二人が下りて来ました、「きーつけてや」「ほな又京都の近辺でおうたら、よろしゅう」京都弁が飛び交いましたが、すぐに別れて歩き出す事に。 やがて山頂、日本で二番目の高度、しかし、ポンポン山の上となんら変わらない状況、何も見えず、雨、風、が強いだけ誰もいないので、写真も石で囲んで自動シャッター、なんかおかしな写真になりました。段々風が強くなります、とにかく北岳山荘に急がないと、体感温度も厳しさを増してきます。そんな中でも花は咲いています、強風に身をもまれながら、(すごいなあ〜)小屋の近くにある有名な鐘がガスの中に浮かびやっと山荘が、その時には風は、益々強く転げるように小屋に入りました。
北岳山荘は前にも書きましたが、南アルプス市直営の小屋で、なるほど女性のスタッフは居られません。若い男性スタッフばかりで、活気はあります、ただ乾燥室がないのです。今回の小屋はどこも無かったので苦労しました。噂には聞いていましたが、北とは違い南アルプスの小屋は設備がね〜と、その分料金は安いのですが。 さてとにかく、着ていたものを着替えて、掛けられるところを探し掛けます、こんな天候にもそこそこの登山客です。そのうち、御池小屋に泊まっていた人達もボチボチと到着。小屋のいたる所に干し物がぶら下がります。結局その日は横浜の男性と埼玉から来たとゆうご夫婦と、友達の女性一人とオヤジの5人の同室となりました。もちろん余裕で、この時期としては考えられないところですが、この天候ではそれも当然かも。オヤジ以外の4人はいずれも南アルプスの経験は豊富な人達でいろいろ教えてもらいました。 特にご夫婦のご主人の方は北岳30回目の登頂で登山歴50年とのこと、10代から山歩きをされているとのことで凄いの一言です。話の中で北岳草のことになり奥さんが「山頂から少し下がった所に、咲いていたでしょう」と動画を見せてくれました、イマイチ記憶が無いのですが見たような気もします。オヤジも撮った写真見てもらいましたが、どれも違うとのこと、と結うのもイチゲが沢山咲いていて、区別がつかないのです。よく似ています、ただなかなかこの時期まで咲いていないので、目にするのが難しい花だそうです。オヤジが気づくのは無理な話です。 他の話題はやはり北海道の遭難の話、後の4人は登られた事があるとか、それより今の状況は全く北海道と同じで低気圧の真っ只中、明日の天候が心配だとベテランの御主人が「このままだと明日はもう一日この小屋に待機するかー、予備日が一日あるから」と三人で相談されています。オヤジと同じ大門沢小屋を目指しておられるとのこと。オヤジは「どれぐらい掛かるのですか」「我々特に女性がいるので9時間ぐらい、普通の人は8時間前後でしょうか、ただしこの雨ではねー、それと風が強烈です、稜線を歩く時間が長いのでねー、此処を出ると農鳥小屋だけ、後は休む所はないです、その先がまだ相当長いです」と教えてもらいました、なんとか止んでくれ〜
▼三日目
なんぼ大相撲の巡業中やゆうてもいやや、ヨタヨタ歩き出すオヤジです。ただ去年のジャンダル越えの時に助かった目出しボウ、今回もどうしようか迷ったのですが、リュックに入れて来ましたが助かりました。ベテランさんにも褒めてもらいました。ジャンダルの時は2〜3時間でしたが、今日は最後まで被ったままでした。稜線に出たオヤジに気合いれて歩かんとあかんぞと雨と風が、えらいこっちゃな〜なんでこうなるのやー。悪い事してへんのに、ぶつぶついいながら歩くオヤジ。 石原祐次郎の歌に風速40mとか結う歌があったなあ〜、どんな歌やったかなあ〜ひたすら足元をみて歩くだけ、周りを見る余裕はありませんし見ても白いガスが尾根に当たっているのが判るだけ、ベテランさんの言わはたとうりや、これで雪やったら完全アウトやなあー、なんとか、中白根山を通過後、比較的なだらかな登りが続き間の岳山頂に到着。なんと人影が、よかった、なんとかシャッター頼めそうです。「あのーシャッター頼めますかー」「はいはい私達もどうしょうかと、思案していたのです」よく見ると北岳山荘に泊まっておられたご夫婦です。
シャッターを押してもらい、オヤジも渡されたカメラを構えると、御主人がなにやら胸の前に持たれています。(100名山達成)のゼッケン、奥さんと並んでVサイン、オヤジ「エー 間の岳が最後だったのですか、ワーおめでとうございます。それにしてもドラマチックな、フイナーレですねー」とお二人と握手。「そうなんです、二人でそろった写真どうして撮るか迷っていたんです」良かったです。オヤジ、責任感じて「そんな大事な写真、ちゃんと撮れているか確認してください」「大丈夫です、バッチシです」よかったよかった、しかし感激に浸っている余裕はお互いありません。 すぐに次の農鳥岳に向かいます、さすが100名山のお二人オヤジをみるみる離して行きますが、小柄な奥さんが時々岩にしがみついて風を避けているのが見えます。風は益々強くなって、雨は飛ばされてそれほど感じないのですが、時々顔に砂を投げつけられたように雨が当たります。農鳥小屋まで下り、そこから又農鳥岳への登りです。この農鳥小屋から西農鳥岳への登り返しがキツイと、ベテランさんに聞いていましたが、全くそのとうりで稜線中一番の登りだと思いました。 その時ベテランさんいわく、「おそらく西農鳥岳は、知らないうちに通過すると思います」とのこと。それも全くそのとうりで知らないうちに下り、又農鳥岳の登りです。そして、この農鳥小屋から西農鳥、農鳥岳の間が一番風がキツイ時間帯でした。後で聞いた話だと、この時間帯に、皆さん風に煽られ1度や2度は尻餅をついたり、横に倒されたりしたそうです。100名山の奥さんは地面を這って歩く場面も在ったそうで、オヤジも2度ほど這い松に倒されました、傑作だったのは、風に向かって体重をかけて進んでいたら、ピタッと風が止まり前にドタと倒れるオヤジ、カッコ悪うー、しかしそのときは恐怖心が先にたち、とにかく進むのに必死でなりふりかまっている余裕はなく、当日稜線を歩いた人は誰も同じだったと思います。
やっと大門沢下降点に到着, これで少しは風から逃げる事ができるのではと思いきや、這い松地帯が続く所で、先にも書いたように二度ほど倒されました。緊張感が緩んだ時が危ないのは確かです。やがて樹林地帯に入りやっと風の恐怖から逃れ、今度はゴロゴロ石の続く急坂、なかなかいじめてくれます、南アルプス、登山道はお世辞にも整備がされているとはいえません。しかしまあ、ワイルドでそれもいいのかな〜やばそうな丸太の橋を二つ渡り進むと、やっと大門沢の小屋の屋根が見えました。やれやれ、なんと9時間掛かりました。
ベテランさん曰く女性並みの歩き、しかも農鳥小屋は通過して昼食も行動食で済ましました。それでこの時間、他の人は8時間弱で走破されていました。いかにオヤジがヨレヨレだったか、オヤジには無理な状況でした。皮肉な事に小屋に着く少し前ぐらいから雨も止んで、小屋に到着した。上からの人達はお互い無事をねぎらい、今日の歩きの難儀さを語り合っています。そんななか小屋の御主人が上からの予約客7人がまだ着かないと心配顔、どうも北岳山荘に泊まっていた人達みたいです。そのうち朝別れた横浜の男性が到着、よかったあーやはり予定どうり7時に出発したそうで、ベテランさん3人は留まったそうです。お互い無事をねぎらっていると心配されていた7人が到着。本日上からの登山者はこの人達が最後でした。
事故が起きてもおかしくない状況でとにかく良かった、ただ最後のグループの中の男性が、オヤジがビビッテ渡った丸木橋の真ん中ぐらいで橋が折れて流れに落ちてしまったそうで、ビショビショになって到着、気の毒でした。後どうするのかな〜あの橋の所は、まあワイルドな南アルプスのええとこや、でそのままになるのやろな〜それより又濡れたものを干すのに四苦八苦、オヤジは濡れたままのズボンでどないしよう、困ったな〜着替えがなくなったーとにかく、今回は濡れた靴、下着、着替え、乾かすのに必死(結局乾かなかった)でした。 これも南アルプスのワイルドなとこなんでしょう。夕食の後は長〜い夜が部屋は全員が(団体さんは二階)一つの部屋の山小屋の原点の建て方でトイレは外の傾斜に建つ、ぽちゃん式これもなかなかワイルドです。なんとか明日だけは雨から逃れたいものです。
▼四日目
今回の山歩きはトコトン雨に付きまとわれました、又雨具です。横浜の男性も同じく装着して、(富士の笠雲は、雨の予報とゆうことです)チンタラ、ヨタヨタ、雨に濡れた登山道、石も多く緊張します。何より所々出てくる、木道や橋、なかなか、ワイルドで(早い話ボロボロ)昨日の折れた話もあるので、こわごわヘッピリ腰で渡ります。小雨の中花も無く黙々と下ります。横浜の男性は後方から、丁度見え隠れする距離で降りてきます。
そのうち立派な砂防のダムがあらわれ、今度はしっかりした吊橋が二ヶ所、そして林道に出ました。登山口の案内、やっと今回の歩きも終わり近くなって来ました。第一発電所が見えています。その時、横浜の男性が「間に合うかもしれませんよ」と声をかけて、猛然と歩きオヤジを追い抜いていきます。オヤジはハナッから間に合わないと、チンタラチンタラ歩いていたのですが、なるほど第一発電所から奈良田バス停まで35分ぐらい、時刻は9時少し前、急げば間に合うかも。特に横浜の男性はバスが広河原に向かうのでおそらくすれ違う事になると思うので、手を上げて止めて乗せてもらうとのこと、オヤジは反対の方向にバスは行くので何とか9時25分までに到着すれば、もし遅れたら4時間待たなければなりません。
朝出る時はユックリ着いて、奈良田の温泉にユックリ浸かり13時30分のバスで帰ろうと思っていたのですが、天候も悪く写真も撮るほどの所も無いので、もくもくと歩いたので思ったより早く着いたようです。「こんな事なら、もう少し早く小屋を出ればよかったと」お互い言いながら小走り状態で進みます。途中でマイカーを規制しているバス会社の(?)人がいたので「バス亭はまだですか」と聞くと、「後5〜6分かなー、でも広河原行きは、すぐそこにテントが張ってある広場にバスが来るよ、登山の人は大概そこから乗るよ」と教えてくれました。なるほど1〜2分で広い場所の真ん中にテントが張られ、大門沢小屋で一緒だった顔が見えます。100名山のご夫婦もおられます、横浜の男性とはここで別れ、オヤジはみんなに手を振って先を急ぎます。
少し道から離れたテントから「おつかれさんー、今度はもっと天気の良い何処かの山であいましょうー」と声を掛けてもらいました。オヤジも頭の上で両手で丸を作り応えます。皆無事に歩けたと結う安堵感が伺えます。一期一会の山歩き、でもなぜか別れる時は「又何処かの山でお会いしましょう」とか、「何処かの山で、お会いするのを楽しみに」とかが決まりの挨拶になっています。なかなか含蓄のある挨拶です。 さてオヤジは先を急ぎます、広河原行きのバスとすれ違います、やがて奈良田温泉の建物が、一瞬入ってから帰ろうかな~と思いましたが、折角間に合いそうなのに、と思うまもなくバス停に到着、トイレだけあたふたと済ませ、乗り込みます。ガラスキの状態本来はもっと満員なんでしょう、バスはユックリと山間の道を身延駅に向かいます、それから先、JR身延駅ー静岡ー新幹線で京都と実にスムーズな流れで、なんと15時には自宅でリュックを下ろしていました。
朝の雨具をつけて歩いていた事が嘘みたいです。今回の山歩きはとにかく展望も何も無い、雨と強風の中ひたすら歩いて、歩いて、気がついたら家に帰っていた、今思うとなんか不思議な感覚の歩きでした。しかし実際は前線通過中、又低気圧の真っ只中に三千mの高所を歩いているわけですから北海道の二の前にならなかったのは幸いでした。気温の違いだけだと思います。稜線の岩場に強風に身をもまれても、必死で咲いてくれてた小さな花たち、恐怖心を和らげ、あるいは励ましてくれた、花たちに感謝、感謝、 洛西伊達オヤジ記 【 記: 洛西オヤジ 】 ![]() ![]() ![]() ![]() |
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